【黙想指導で大活躍】内山恵介神父が帰天

2021年6月19日

「司祭のマリア運動」、「愛と光の家」などの黙想指導で全国各地を精力的に駆け巡り、無数のファンに愛された内山恵介神父(御受難会)が2021年6月17日に帰天されました。

日本の教会の退廃を憂えて、カトリックの真髄を一人でも多くの信徒に伝えるために「十字架の神学」を標榜され、その普及に全力投球された尊いご生涯でした。

その昔、内山神父はプロテスタントの牧師でした。プロテスタントの誤りに気づかれた後に職を辞され、今まで築かれたご自身の功績や人脈を全て捨て去り、カトリックの司祭を目指された苦労人でもあります。そのために司祭叙階は遅れましたが、その後のご活躍は目を見張るものがありました。

内山神父は真理を求めて、牧師を辞職してまでカトリックに改宗されたわけですが、その道程でカトリック教会内に蔓延る反カトリック思想や反伝統主義の弊害をまざまざと見せつけられ、一度は落胆されました。

しかし、それを機に心の中で静かなる闘志が芽生え、「唯一にして聖なる普遍の使徒継承の教会を建て直すこと」をライフワークに据えられた内山神父の挑戦がその時から始まりました。

特に50代半ば頃から独自の活動を展開されるようになってからの八面六臂のご活躍は賞賛に値します。

ご聖体と聖母信心の重要性を軸に展開された内山神父の黙想指導は各地で大反響を巻き起こしました。

キリストのご受難と十字架上の生贄がもたらした無限の功徳とそれを継承するミサ(その中心となる聖変化)の重要性や聖母マリアの共贖性といった事柄を正統神学に立脚した上で徹底的に研究された内山神父は自らが導き出した結論を誰にでもわかる平易な言葉を用いて教えられました。

下の動画(通常は軽視、敬遠されやすい聖母出現の意義に関する講話)ではその一端を垣間見ることができます。

老境に入ってからも、海外で開催された国際神学シンポジウムに日本代表として参加されるなど、その情熱は衰えることがありませんでした。

内山神父はいつも優しいお人柄と類稀なるユーモアセンスで無数の人々を魅了しましたが、悪しき風潮には毅然たる態度でNOと言える非常に勇敢な司祭でした。

心ならずも公の場(司祭研修会)でカトリックの本質から離反した某司教(講師)の教説の誤謬を指摘して、大勢の受講者(全員司祭)が見ている前で、教皇書簡や聖座の文書を論拠に理路整然と論破されたこともありました。

温厚な性格からは想像できない武勇伝の数々は語り草になっています。

しかし、司教に論戦を仕掛けて論破することが内山神父の本意ではありませんでした。内山神父は某司教の度を越したリベラリズムが研修会に参加した司祭を誤った方向に導き、誤謬を吹き込まれた司祭が信徒に悪影響を及ぼすことを危惧されたのでした。

似たような話は他にもあります。内山神父のアメリカ遊学中(名門神学校の聴講)、聖母の処女懐胎に関する授業において、非常に問題のある教授(司祭)が公然と処女懐胎を否定したことがありました。「これは迷信です」と教授が発言した時に内山神父は立ち上がり、「司祭の卵に嘘を教えていけません」と諭した話は特に有名です。

この時も教授に恥をかかせることが目的ではなく、将来、司祭になる神学生を救うことしか考えておられなかったのです。

しかし、「司教や教授との対決」という側面だけが一人歩きしてしまって、時には勝ち気な性格と誤解される不運にも見舞われました。

内山神父の実像はその正反対であり、まさに謙遜を絵に描いたようなお方でした。

晩年、トリエントミサの研究に着手された内山神父はご自分でもトリエントミサの司式ができるようになるために、DVDを収集され、独学で学んでおられましたが、僅かにわからない部分がありました。内山神父がカトリックに転向された頃はすでに神学校でもラテン語やトリエントミサの教育がなされておらず、このようなことを内山神父は正式に教わった経験がありませんでした。

斯様な事情により、内山神父は当会の常務理事であった故・増田 洋氏(典礼エキスパート)に教えを乞い、月に一度、増田氏を家庭教師に迎えて、マンツーマンの指導を受けることになりました。増田氏を「先生」と呼んで学習に没頭される姿はまさに謙遜そのものでした。

司祭の身でありながら年下の信徒に頭を下げて懸命に学ぼうとする内山神父のほとばしる情熱に増田氏は大いに心を打たれたと語っていました。

卓越した知識と素晴らしい人間性を兼ね備えられた内山神父を「不世出の一流司祭」と形容しても決して過言にはあたらないと思います。

内山神父は出逢った人々の大半をファンにしてしまう不思議な人でした。オーラを放つ司祭としても評判でした。

威厳に満ちた容姿、格調高い話し方とは裏腹にお茶目な一面もあり、それが庶民の笑いを誘っていました。

内山神父をプライベートな祈りの会に招聘する信徒は全国各地に存在しました。そのうちの一つのグループでは、あるご婦人がトラブルメーカーになっていました。人間的には良い方であり、信仰に関しても申し分のない知識を持つ方なのですが、グループ内のメンバーに頻繁に教会内のゴシップ(※その大半はガセネタ)を撒き散らして、他のメンバーの信仰上の成長を妨げていたのです。

内山神父はそのご婦人にお中元を贈られました。その品は洋梨でした。「私、内山神父様から突然、お中元を贈られたの。洋梨ってどういう意味があるのかしら?」と彼女が皆の前でつぶやいた途端に爆笑が起こったそうです。

彼女と内山神父が懇意な関係であったからこそ、こんなブラックユーモアも許されるわけですが、人を傷つけることなく、身銭まで切ってさりげなく教育された内山神父の優しさが心に沁みるエピソードと言えないでしょうか。

内山神父は当会の荘厳司教ミサの常連司式者の一人でもあり、当会の例会にも2回ほど出講していただいたことがあります。当会にとっては頼もしいサポーターでした。

又、メーリングリスト「みこころの部屋」の顧問司祭としても大いにご活躍されました。

※現在、「みこころの部屋」はフェイスブックグループ「現代カトリック研究会(みこころの部屋)」となっています。

(聖母信心の大切さを説く在りし日の内山神父・・・全世界を救うために救世主、共贖者の仕事に一信徒として参与する重要性にまで言及された。通常の教会ではなかなか聞くことのできないこの種の講話には常に大勢の人々が押しかけた)

全国区の知名度を誇る司祭ですので、なんらかの形で内山神父と接点を持たれた方は何万人規模の数字となるはずです。

師の生前のお仕事に心からの感謝を込めて、師の霊魂のとこしえの安息を願い、皆でお祈り致しましょう。